最近の、ツイッターと私

 ツイッターを使い始めた初期の頃(2009年7月~)と比べて、今はツイッターの中がごく一般的な世間の姿になった気がします。

 昔は内輪な雰囲気だったというか、私がフォローしている中心はネットで知り合った人たちで、顔は実際には見た事がないけどある程度は読んで知っている方たち。さらに彼らと繋がる周辺の人達。更にその周りの人達。範囲が広がっても、確かにいろんな人はいたけれど、でもある一定以上の何か(ネットリテラシーなどなど)は保たれていて例えるなら学校みたいな感じだったかも。

 今は人の多い駅にいるみたいな感じ。そこを経由して別の場所に行ったり、近場のお店やイベントを見に行ったり、立ち止まって人通りを眺めたり。たまに喧嘩してる人やアジっている人がいたりするのでそれも遠目に眺めたり。タイムラインが時系列だけじゃなくなったことや、継続してつぶやいている人もいるけど止めてしまった人も多くてニュースサイトやインフルエンサー的な人をフォローすることが増えたせいもあるかもしれない。

 以前はタイムラインを読むのが中心だったけど、今はタイムラインは近くのものだけざっくり見て、あとはトレンドを見たり気になる言葉を検索するために使う事が多いです。そういう使い方のせいもあるかもしれないな。良くも悪くも一般的な世間の姿になったと感じるのは。ただ時々「悪くも」の方に傾きかけてるような気もしていて、バランスが崩れたらどうなるのか、もしかして逃げる人が増えて見るべきものが無くなってしまうかもしれない。そうならないといいけど。

 そして、つぶやく方では書き込みゼロ。

 しばらく前まではブクマした記事を並べたりもしていたけど、最近はそれもしなくなりました。昔のように内輪な中ならツイートすることもあったけど、今は話しにくいな。駅だから。ここで細々と書いているくらいがちょうどいい感じです。