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日常 手帳

 今年に入ってから、懐かしいあの方やこの方が日記界隈に戻ってこられたみたいで、いそいそと読みに行ってます。おかえりなさい。
 そういう私も昨年は、一昨年の12月22日以降10ヶ月ほど日記を書いていませんでした。それまではしばらくの間結構熱いというか暑くるしい事を書いていたんだけれども、途中で気が抜けたというか呆れたというか諦めたというかどうせ無駄だというかそんな感じで、モノを書く気力を失っていたのでした。長く日記を書いてきて単純に飽きたというのもあったし、何か書きたいという衝動みたいなものがなくなったというか、前は書きたいことや誰かに読んでほしいことがたくさんあったような気がするけど、そういうのがなくなっちゃったなあとも感じていました。
 何も書かず、アクセス解析を外し(←これはかなりの決断だと思う)、はてなダイアリーはもう全部消してもいいかなアンテナさえあれば、と思いつつも、面倒だしなんとなく勿体ないし……と放置の日々を経て、再び書き始めたわけですが、きっかけは何だったかというと、とある日記です。
 日記というか雑記というか業務上のメモというか。月イチで某カルチャーセンターの歴史講座に通っていることは前にも書いたと思うのですが、そこで見せてもらった明治時代浜松在住のある眼科医の記録です。
 その先生はとにかくメモ魔だったようで、綴じた冊子にカルテ的に患者さんの症状が図解入りで書かれてたり、誰それからいくら受け取ったとか払ったとか金銭のやりとりが書かれてたり。息子さんが東京の学生さんだったのかな?それで帰省するのだけど、当時はまだ鉄道が途中までしか来てないので、多分横浜あたりからは船で、船を降りたら徒歩で……っていうのを何日の何時出発で浜松にいつ着いた〜とか行程が書かれてたり、講演会を聞きに行って〇〇という話があったけどそれについては云々〜と感想が書かれてたり、とにかくその人の日常について細かく書かれているようでした。明治時代にもライフログノートを書く人がいたのですね。
 その先生の家は多分旧家で、日常の中に物を書く習慣があって、紙もそう苦労せず手に入り、立派な蔵を持ち、それで書いたものが戦火を経ても残っていたんだと思います。明治時代の人(生まれは江戸時代でしょう)の書き物なので言葉が難しくて、解読するのは私には無理なんだけど、でもここに明治の日記があって平成(昭和)の私が手にとって眺めているという事実だけでも「すげーっ!」って感じで、日記読みの血が騒ぐというのでしょうか、とにかくわくわくしました。多分書いてた本人は日常のことだから特に感慨もなく淡々と記録してただけだと思うけど、現代の私にはその淡々とした一つ一つが新鮮で。
 というわけで(よそ様の)日記の面白さを実感する出来事があり、「時々でもいいからまたネットで書いてみようかな」と思って現在に至ります。やっぱり一番には自分の日記を自分で読み返すのは面白いですし、もしかしたら遠くの知らない誰かがクスっと笑ってくれたりしてるかもしれない。そうだと嬉しいなと思いつつ、ふつうに淡々と書いていればいいじゃない、と、今はそう思ってます。